《 若い日の発見 》 昭和50年代のある日、実験用のラット(ネズミの一種)の胸に一つのシコリができていることに気がつき、私の胸は高鳴りました。九州大学医学部の研究室で「EMSという化学物質に発がん性があるか?」というテーマに取り組んでいた時のことです。低濃度のEMSの入った水を飲ませていたラットのシコリの数は日を追うごとに増え、数カ月後には20尾すべてのラットに複数のシコリが発生しました。ラットにエーテル麻酔をかけてシコリを摘出して顕微鏡検査を行ったところ、すべてが乳がんであることが判明。私が外科医として最初に早期発見した乳がんはラットの胸にあったことになります。この乳がん発見は、世界で初めてEMSの発がん性を証明した報告として英語論文となり、私は医学博士号をいただくことが出来ました。 《 女性ホルモンの影響は? 》 このEMSによる発がんシステムは、乳がんの治療の実験モデルとして活用したいと考え、私は週に一度のラットの触診(乳がん検診?)を続けることになりました。例えば、予め卵巣を摘出したラットにEMSを飲ませても乳がんは全く発生しないことが判り、これは乳がんの発生に女性ホルモンが関与していることを示しています。また、EMSと一緒にタモキシフェンという女性ホルモンの働きを阻止する薬を飲ませると、乳がん発生率は半分になります。このタモキシフェンは乳がんの代表的な治療薬として現在も広く使われており、この薬を服用すると乳がん再発が予防されるとともに、反対側の乳腺のがん発生率も減ることがアメリカ女性で実証されています。 《 乳がんのホルモン療法 》 手術で摘出した乳がん組織は、女性ホルモン受容体の有無を調べる顕微鏡検査に廻されます。ちなみに、私の施設で開院後1年間に手術をした100名の患者さんでは68名(68%)の人の女性ホルモン受容体は陽性でした。これが陽性の場合は“その患者さんの乳がん細胞の増殖は女性ホルモンで促進されること”を意味しますので、女性ホルモンを低下させたり、その作用をブロックする薬を服用してもらうことになります。女性ホルモンの働きを阻止するタモキシフェンを服用すると更年期障害のような副作用もありますが、この薬の乳がん治療薬としてのメリットは世界中で認知されています。 |